こんにちは。『ベーシストのリズム感向上メカニズム』の著者、石村 順です。

ここ数回の投稿は、「譜面を見る時に起きがちな目の錯覚」がテーマでした。今回もその続きです。

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何かを見たときに、そこに線が引いてあったら、そこで区切れているように見えるのは当然です。譜面だと、これは小節線にあたります。小節線がフレーズの区切り目に見えてしまう。そういう錯覚。

また、何か複数のものを見たときに、いくつかが線でつながってまとまってたら「それらは一つのかたまりだ」と思うのも当然です。譜面だと、これは拍にあたります。フレーズが、拍ごとのかたまりになってる(拍ごとに区切れがある)ように見えてしまう。そういう錯覚。

確かに、ポピュラー音楽を演奏してると、「小節なんてまったく関係ない」ってことはない。多くの場合、小節のアタマではコードが変わるし、そこ(つまり1拍目)で僕らベーシストは9割くらいの割合でルートを弾きます。つまり、小節線で何かが変わる=そこで区切れている、というふうに感じるのに慣れています。

また、「1、2、3、4」とカウントしながらリズムを感じるのも一般的ですよね。これは「拍を拠り所にしてリズムを感じている」ということです。つまり、譜面の見た目だけでなく、リズムの感じ方も「拍ごとに区切って捉える」のに慣れているわけです。「1、2、3、4」というカウントは拍のオモテに相当するので、要は「拍のオモテだけでリズムを感じる」のに慣れてしまっているのです。

こういうのに慣れているから、「フレーズは小節のアタマで始まる(なぜならコードが変わるから)」「3〜4拍目はフレーズの終わりの部分」とか、「拍のウラは難しい」と思い込んでしまうのも無理もないのかもしれません。

でも、実際のフレーズはそうはなっていない(ことが多い)のです。実際の音楽は小節線をまたいで流れていくし、拍ごとに区切れてなどいません。オモテが主役でウラが脇役なのでもありません。

このことは、メロディーを歌うとわかります。メロディーを歌う時に、「3拍目の16分4つ目から始まってる」とか「いま何拍目」「いま小節が変わった」「ウラから始まるから難しい」なんて考えないでしょう。

逆に、メロディーを歌う時に、小節線で区切りを入れて歌ったり、拍ごとに区切れているように感じながら歌ったら、おかしなことになりますね。

このことはメロディーだと明白ですが、メロディーだけに限った話ではありません。ドラムのフレーズだって、ベースのフレーズだって同じなのです。細切れで捉えるのではなく、流れを感じなくてはいけません。

ここで、小節線や拍とフレーズの関係を、たとえで表現してみます。それが、冒頭の画像に引用した文です。

家の中から、窓を通して外を見ているとします。窓がいくつかあります。すると、窓枠で風景が切り取られているように見えます。(音楽でいうと、窓枠が小節線や拍、風景がフレーズです。)

でも、風景そのものに区切りがあるわけではありませんよね。窓枠を通して見ているからそういうふうに見えるだけです。試しに自分の立ち位置を変えてみると、風景の見え方も変わります。自分と窓枠の位置関係が変われば、風景の見え方が変わるのです。

音楽、フレーズの捉え方も一緒です。小節線での区切り、拍ごとの区切り、どこがオモテでどこがウラか、こういった枠組みからいったん離れて、いろいろな角度からフレーズを観察し感じてみることが大切です。そうすると、それまでの感じ方がいかに一面的だったか、いかに直線的だったかが分かります。

と同時に、1拍半のように3つ単位で動いたり、ウラをオモテのように感じたりといった、「1、2、3、4」という直線的な感じ方とは別の流れを感じられるようになることで、グルーヴの深みが増していきます。(このアプローチのしかたの詳細は、『ベーシストのリズム感向上メカニズム』の、トレーニング2、5、6、7、8で説明しています。)

窓枠ではなく、その向こうの風景を見よう。

小節線や拍ではなく、その向こうの音楽そのものを感じよう。

 

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